羅生門アフタートーク

 私の名は龍之介。かつて下人の行方は、誰も知らないと言ったが、すまん、あれは嘘だ。あの後を伝えてみようと思う。

 

 羅生門で追い剥ぎした下人は北へ、洛中へと疾走した。剥ぎ取った着物を売るにはさびれたといはいえ洛中の店に持ち込まなくてはならぬ。物騒な洛外に出てはせっかくの盗品をさらに強盗に奪われるどころか妖怪の類に出くわして命さえ危ぶまれる。

 しばし走って息切れした下人が膝に手をついて立ち止まっていると正面になにやらぷかぷか浮かぶ白いものが近づいてきた。二つ、いや三つだ。刻は丑三つ時、人気のない朱雀大路とまさに怪異の跋扈するsituationだ。

 白く見えるのは人魂かと思ったが妖怪、豆腐クラゲであった。豆腐クラゲは下人の姿を認めると合体を始めた。しかし怪異とはいえ豆腐である。合体の衝撃に耐えられずぐしゃりと潰れて地に落ちただの残骸となった。

 運良く怪異の襲来を切り抜けられたものの洛中でさえ怪異はうようよしている昨今だ。下人は目に付いた打ち捨てられて廃墟と化した屋敷に避難することにした。そこが下人の浅はかさ。朽ち果てた建物など怪異の格好の住処である。

 案の定一歩足を踏み入れた途端、仏像がぬっと姿を現した。下人は思わず尻もちをついたがよく見るとオレンジの頭巾に打ち出の小槌を持った太った仏像だった。大黒天の像である。下人はほっとした。大きさも一尺三寸(約40センチ)ほど。にこやかな表情を浮かべている。さきほどの豆腐クラゲみたく襲ってくる気配もない。

 下人は知らなかったのである。大黒天は戦闘神マハーカーラをルーツにした凶暴な一面があることを。畜生道に落ちた大黒天は笑顔を浮かべたまま打ち出の小槌を下人に向けて投擲した。雷神ソーがムジョルニアを扱うように。小槌は見た目に反して相当な重量があるのが空気の振動でわかる。下人は逃げる術もなく死を覚悟し目を閉じた。

 次の瞬間凄まじい轟音と閃光がした。恐る恐る瞼を開くと大黒天よりほんの少し大きい仏蘭西人形が下人の前で仏像の攻撃を防いでいた。その体の倍ほどもある斧を持って。先の轟音と閃光は小槌を斧で弾き返したときのものであったらしい。

 仏蘭西人形は首だけぐるりと180度後ろに回し下人に向いた。口の下の部分だけが上下に動く。

「吾は羅生門で老婆に潰されそうなったところを助けてもらった虱である。恩返しに参った」

 下人には覚えがなかったがとりあえず頷いた。だぶん気づかぬうちに助けていたのだろう。仏蘭西人形は続けて語った。「ただしこやつは強い。このままでは負ける。その手にした着物の懐にある書き付けを唱え、呪を呼び出すのだ。こやつを倒すにはそれしかない」

 慌てて下人は老婆から奪った着物の懐を探った。言われた通りぼろぼろの和紙が見つかった。下人は書いてある通り読み上げた。「このびでおを見たものは呪われる」と。

 それは特級怪呪、長い黒髪に白装束女を呼び出す呪文であった。しかしこの怪呪、本来ならブラウン管テレビの画面からしか現れないのである。時は平安時代末期、昭和時代のそれも一時期にしか存在しなかったビデオデッキは当然、ブラウン管テレビもこの時代に存在せず、この呪文は不発に終わるかと思えた。

 

 しかし運命は下人に味方した。その場になんと紙芝居一式が打ち捨てられていたのである。その木枠から長い髪に白い服を着た怪呪が這い出てきた。仏像に怪呪が飛びかかる。大黒天の頭巾が吹っ飛んだ。しかし仏像も負けじと小槌で怪異の頭部を強打した。その隙に仏蘭西人形がバカでかい斧で大黒天に襲いかかる。血で血を洗う凄まじい戦いが始まった。その勝敗はわからぬ。なぜなら下人はその場を逃げ出したからだ。

 今度こそ下人の行方は、誰も知らない。

 

                                                                                                                           (完)